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東京高等裁判所 昭和49年(う)2118号 判決 1975年10月23日

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金三万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金二、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

公訴事実中、原審第一〇回公判期日において訴因変更を経た、公訴事実第二の点につき、被告人は無罪。

原審における訴訟費用中、原審国選弁護人に支給した分の二分の一、および原審第九回公判で取り調べた証人清水勘造に支給した分、ならびに当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人岩田洋明提出の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官提出の答弁書記載のとおりであるので、これを各引用し、これに対し、次のように判断する。

一、物価統制令は終戦後の事態に対処する目的で制定されたものであるところ、本件が発生した昭和四八年五月には、その特殊な事態は消滅しているから、同令は既に効力を失っており、同令の罰則規定で処罰することは、憲法三九条に反する旨の主張について。

所論に鑑み調査してみると、なるほど、昭和四八年五月まで、終戦後の物資不足という特殊の事態が持続していたとは到底認められないが、同令一条のうち、「終戦後の事態に対処し」という部分は、同令制定の動機を示しているにすぎないものであり、同令を廃止する立法措置をまつことなしに、同令が失効すべき時期についての定めとは解せられないうえ、同令一条にいう「物価の安定を確保し、もって社会経済秩序を維持し国民生活の安定をはかる」という同令制定の目的が完全に達せられ、同令存置の必要性が消失したとは、到底認められないから、同令が失効していることを前提とする違憲の主張は前提を欠き、採用の限りではない。

二、競馬場の特別指定席付入場券の転売行為は、国民生活の安定とは何ら関係がないから、物価統制令の保護の対象とはならない旨の主張について。

所論に鑑み、当審取り調べの証拠を検討してみると、中央競馬会としては、競馬を国民の健全な娯楽として育成するようつとめており、国民の少なくとも二〇パーセント以上が顕在的競馬愛好者で、すでに国民の間に、競馬が健全な娯楽として定着しつつあることが認められ、競馬場の特別指定席付入場券の転売行為についても、社会経済秩序を維持し、国民生活の安定をはかることと、無縁であるとは到底認められないから、所論は採用の限りではなく、論旨は理由がない。

三、原判決判示第一の事実につき物価統制令九条ノ二、三四条を適用した原判決には、法令適用の誤りがある旨の主張について。

所論に鑑み、原審記録および原審取り調べの関係証拠を検討してみると、原判示第一の売渡しの対象となったのは、昭和四八年度東京競馬第四回第四日の特別指定席付入場券二枚のみであって、八日間通しの入場券二組であったわけではないから、その正規の販売価格は、一枚当り二、二〇〇円であるところ、これを一枚二万円の割合で売渡すことは、物価統制令九条の二にいう「不当に高価なる額」に該当すると解せられるから、原判決には、所論の法令適用の誤りはなく、論旨は理由がない。

四、原判決が判示全事実との関連で証拠の標目中に挙示している被告人の司法警察員に対する各供述調書が、利益誘導にもとづく不任意の供述を録取したもので、証拠能力を有しないのに、これを証拠として採用した原判決には、訴訟手続の法令違反がある旨の主張について。

所論に鑑み原審記録および原審取り調べの関連証拠を調査してみると、原審で同意書面として取り調べられた昭和四八年五月二八日付被告人の司法警察員に対する供述調書(一〇項中には、原判示第一の事実についての不利益事実の供述が録取されている)については、証拠能力を有しない旨当審で主張することは許されないものであるから、所論は、同年六月一日付および同月二日付の各司法警察員に対する供述調書の任意性を論難するものと解せられるところ、右二通の調書を録取した原審証人清水勘造の証言調書によれば、所論指摘のような利益誘導により、不任意な供述が録取されたものとは認められないから、訴訟手続の法令違反をいう論旨も理由がない。

五、原判示第二の事実につき、事実誤認がある旨の主張について。

所論に鑑み、原審記録および原審取り調べの関係証拠を検討してみても、前記六月一日付および同月二日付被告人の司法警察員に対する各供述調書以外には、原判示第二の一枚の入場券を、被告人が売る目的で所持したことを証するに足りる証拠はないうえ、これら各調書にも、原判示の「一枚につき二万円位の不当に高価な額で」との判示部分に直接に沿う供述部分は存在していない。加えて、関係証拠によれば、ダービーレース当日たる昭和四八年五月二七日午後零時すぎ頃、細野芳昭を通じて、不当に高価な額で右入場券を売渡す機会があったのに、被告人は、これをことわった事実が窺えるのであって、この事実に鑑みれば、被告人が原判示第二の特別指定席付入場券で、自ら入場してダービーレースをみようとしていた旨の被告人の弁解も、ただちに措信できないとして斥けるわけにはいかないから、結局、原判示第二の事実については、証明が十分でない。従って、これを有罪と認定した原判決は、証拠の評価を誤り、事実を誤認し、犯罪の証明のない所為を有罪としているものであるところ、原判決は、判示第一の事実と第二の事実とを併合罪の関係にたつとして処断しており、右の事実誤認は、判決に影響を及ぼすことが明らかなものであるから、論旨は理由がある。

よって、刑訴法三九七条一項、三八二条により、原判決を全部破棄し、同法四〇〇条但書により、被告事件につき、更に判決することとする。

原判決の確定した原判示第一の事実に、物価統制令九条ノ二、三四条を適用し、所定刑中罰金刑を選択し、その罰金額の範囲内で、被告人を罰金三万円に処し、右罰金を完納することができないときは、刑法一八条一項により、金二、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、公訴事実中、原審第一〇回公判期日において、訴因変更を経た、公訴事実第二の点については、前述したように、犯罪の証明がないから、刑訴法三三六条により、無罪を言い渡すこととし、同法一八一条一項本文により、原審における訴訟費用については、原審国選弁護人岩田洋明に支給した分の二分の一および原審第九回公判で取り調べた証人清水勘造に支給した分の全部のみを、また、当審における訴訟費用は全部被告人に負担させることとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 時國康夫 裁判官 奥村誠 佐野精孝)

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